序論(Introduction)
標高2千メートルを越えるフィリピン・ルソン島のコルディエラ山脈の麓、イフガオ州(Ifugao)バナウェ(Banaue)に広がっているのが、「天国への階段」とも呼ばれるコルディエラ棚田郡の、バナウェイの棚田です。先住民族のイフガオ族が築いた棚田は、総面積はおよそ2万ヘクタール、すべての棚田のあぜをつなぐと、その長さは2万キロ、地球半周分にも及びます。2千年にわたって脈々と受け継がれてきた数々の知恵が、人間と環境の調和を物語る見事な景観を生み出しています。イフガオ族は、棚田を神から与えられた宝だと信じて、2千年に渡って固有の文化を守ってきました。田植えや収穫の時には、ユネスコの無形遺産にも登録されている口頭伝承の唄「フッドフッド」が歌われます。 棚田の上には必ず森があり、山に降り注ぐ雨は森に蓄えられ、小さな流れとなって棚田に流れ込みます。貯水池の役割を果たす森は、棚田にとってなくてはならない存在です。2千年に渡って棚田を耕してきたイフガオ族は、この森を大切に守ってきました。しかし、近年、イフガオ族は現金収入を求めて、森を伐採するようになりました。ひとたび大雨が降ると、水をせき止める森がなくなり、棚田のあぜが崩される事態を迎えています。 また、イフガオの若者たちは都会へと出稼ぎに行き、働き手を失った棚田は荒廃しています。かつての美しい景観は失われつつあることから、コルディエラの棚田郡は、2001年危機遺産リストに登録されました。 棚田の水源となる森を守ろうと立ち上がったイフガオ族の老人たちは、かつて親や祖父母から教えられた「木を植えなさい」というイフガオの教えに従って、10年前から、伐採の進む森に苗木を植え始めました。棚田の将来を担う子供たちに森の大切さを訴え続けています。