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為替(coinmill.com)
対顧客現金外貨レート
 • 10,000円 =  ピソ
 • 1,000ピソ =  円
 • 1ドル =  円


外貨レートの分類
• インターバンク・レート
新聞やテレビで目にする、「公示相場」としての外貨レートです。 外国為替業務を取り扱う銀行など金融機関同士が為替取引する際に適用されます。 一般の企業・個人はこのレートは利用できません。
• 電信送金レート
銀行経由で海外に電信送金をする際に適用されるレートで、TTS(銀行から外貨を買う場合)、TTB(銀行に外貨を売る場合)があります。
• 対顧客現金外貨レート
銀行で日本円を外貨と交換する際に使われるレートのことで、 銀行によって手数料は異なります。

序論(Introduction)

1851年8月1日に、スペイン女王イザベル2世の名を取り「イザベル2世のスペイン・フィリピン銀行(Banco Espanol Filipino de Isabel II)」と名付けられた銀行が設立され、フィリピンのペソは1852年に確立されます。最初のフィリピン紙幣は、スペイン統治時代の1852年〜1865年にスペイン・ フィリピン銀行(Banco Espanol Filipino)から発行された、10、25、50pesosが最初と言われています。その後の1908年、アメリカ統治時代に、5、10、20、50、100、200pesosが発行され、1912年に、フィリピン銀行(Bank of the Philippine Islands)から、5、10、20、50、100、200pesosが発行されます。
通貨単位は1966年までがPESO(ペソ)とCENTAVO(センタボ) 1 PESO=100 CENTAVO、1967年以降はタガログ語表記のPISO(ピソ)とSENTIMO(センチモ) 1 PISO=100 SENTIMOとなります。

内容(Contents)

アメリカ植民地時代(American colony age)1903年〜1934年ページトップ

1916年〜1933年 アメリカ植民地紙幣(American colony notes)
5、10、20、50、100、200 PESOS
1929年 2 PESO表 1929年 2 PESO裏 1929年
2 PESOSarrow
1916年 5 PESO表 1916年 5 PESO裏 1916年
5 PESOSarrow
1921年 5 PESO表 1921年 5 PESO裏 1921年
5 PESOSarrow
1933年 5 PESO表 1933年 5 PESO裏 1933年
5 PESOSarrow
1928年 10 PESO表 1928年 10 PESO裏 1928年
10 PESOSarrow
1933年 20 PESO表 1933年 20 PESO裏 1933年
20 PESOSarrow

独立準備政府時代(Commonwealth age)1935年〜1945年ページトップ

1936年〜1941年  独立準備政府紙幣(Commonwealth notes)
1、2、5、10、20、50、100、500 PESOS
1936年 1 PESO表 1936年 1 PESO裏 1936年
1 PESOarrow
1941年 1 PESO表 1941年 1 PESO裏 1941年
1 PESOarrow
1936年 2 PESOS表 1936年 2 PESOS裏 1936年
2 PESOSarrow
1937年 5 PESO表 1937年 5 PESO裏 1937年
5 PESOSarrow
1941年 5 PESO表 1941年 5 PESO裏 1941年
5 PESOSarrow
1937年 10 PESOS表 1937年 10 PESOS裏 1937年
10 PESOSarrow

緊急紙幣(Emergency notes)ページトップ

1941年、日本軍の侵攻と共に流通が阻害され、ケソン政権は緊急紙幣をビサヤ各州で発行することを認めます。1942年には日本軍の軍票がフィリピンで発行されましたが従来の紙幣も通用できました。しかし、1942年5月に緊急紙幣は禁止され、軍票との交換も禁止されました。そのため、フィリピン人は財産を失い、軍票が乱発され強いインフレとなり、3年間で物価は100倍以上になったと言われています。

日本の占領時代(Japanese occupation age)1942年〜1943年ページトップ

軍用手票(Occupation currency)は、軍票ともよばれ、軍がフィリピンにおける物資の調達やその他の支払いのために、発行した紙幣です。フィリピンに於ける軍票は「軍16ほ号」と呼ばれます。
日本軍により、太平洋戦争(1941年〜1945年)においてフィリピンで大量に発行されました。戦地や占領地域において、軍隊の食糧や物資を調達するために、自国の通貨を戦地に持ち込むことは、通貨管理上の問題が発生するため軍票が発行されました。 当初の軍票は、日本の政府機関に持ち込めば、日本国の通貨と交換するという但し書きがされていて、大日本帝国政府によって、その価値が保証されていましたが、太平洋戦争の進展とともに、日本の貨幣と全く切り離された形で発行されるようになりました。  軍票は、日本軍の占領時には、現地の通貨を強制的に軍票に交換させるなどの手段によって通貨として流通させられていましたが、1945年8月15日のポツダム宣言受諾を経て、9月2日の降伏調印と共に、日本政府はGHQ(連合国軍総司令部)最高司令官 ダグラス・マッカーサーの「覚書」に基づいて、大蔵省が「軍票の無効無価値化」を宣言し、価値の無いものとなり、占領地の住民の生活に大きな被害を与えました。

1942年 軍用手表(Occupation currency)
1、5、10、50 centavos 1、5、10 pesos

1942年 1 CENTAVO表 1942年 1 CENTAVO裏 1942年
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1942年 5 CENTAVOS表 1942年 5 CENTAVOS裏 1942年
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1942年 10 CENTAVOS表 1942年 10 CENTAVOS裏 1942年
10 CENTAVOSarrow
1942年 50 CENTAVOS表 1942年 50 CENTAVOS裏 1942年
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1942年 1 PESOS表 1942年 1 PESOS裏 1942年
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1942年 5 PESOS表 1942年 5 PESOS裏 1942年
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1942年 10 PESOS表 1942年 10 PESOS裏 1942年
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1943年 軍用手表(Occupation currency)
1、5、10、100、500、1000 pesos
1943年 1 PESO表 1943年 1 PESO裏 1943年
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1943年 5 PESOS表 1943年 5 PESOS裏 1943年
5 PESOSarrow
1943年 10 PESOS表 1943年 10 PESOS裏 1943年
10 PESOSarrow
1943年 100 PESOS表 1943年 100 PESOS裏 1943年
100 PESOSarrow
1943年 500 PESOS表 1943年 500 PESOS裏 1943年
500 PESOSarrow
1943年 1000 PESOS表 1943年 1000 PESOS裏 1943年
1000 PESOSarrow

フィリピン共和国時代(Republic of the Philippines age)1946年〜ページトップ




1979年 新社会シリーズ見本紙幣(Ang Bagong Lipunan Series Specimen)ページトップ
2、5、10、20、50、100 piso
2 PISO 見本紙幣表 2 PISO 見本紙幣裏 1979年
2 PISO 見本紙幣arrow
5 PISO 見本紙幣表 5 PISO 見本紙幣裏 1979年
5 PISO 見本紙幣arrow
10 PISO 見本紙幣表 10 PISO 見本紙幣裏 1979年
10 PISO 見本紙幣arrow
20 PISO 見本紙幣表 20 PISO 見本紙幣裏 1979年
20 PISO 見本紙幣arrow
50 PISO 見本紙幣表 50 PISO 見本紙幣裏 1979年
50 PISO 見本紙幣arrow
100 PISO 見本紙幣表 100 PISO 見本紙幣裏 1979年
100 PISO 見本紙幣arrow


2001年、未発行(In 2001, it will be unissued.)

2001年 2000piso 2001年 2000piso 2001年
2000 PISOarrow


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