ナイフの鋼材
ナイフ鋼材には、炭素鋼、ステンレス鋼と粉末冶金鋼とその複合鋼の4つの種類があり、それぞれの特徴により広く使用されています。ナイフの使用目的に応じて、鋼材に要求されるコストや特性が異なるため、オールマイティーな鋼材は無く、用途に応じた選択が必要です。製鋼のプロセス(Process of steelmaking)
- 製銑(iron making)
鉄鉱石から鉄を取り出す工程のことを製銑(せいせん)と呼び、古くは銑(ずく)と呼ばれました。日本では高炉と呼ばれる溶鉱炉を用いて行われます。 鉄の原料は鉄鉱石や砂鉄で、酸化鉄として採掘されます。酸化鉄は、鉄と酸素の化合物でこれから鉄を取り出すには酸素を取り除く必要があります。 炉の内部では高温の空気中の酸素とコークス中の炭素が反応して、2000度近い温度になります。この中で、鉄鉱石に含まれる酸素とコークス中の炭素が結合して一酸化炭素となり、還元された鉄は溶解し高炉下部へと流れ落ちてゆきます。これを、銑鉄(iron)と呼びます。 銑鉄には「五大元素」と呼ばれる、還元用に使った炭素(C)、珪素(Si)、マンガン(Mn)、リン(P)、そして硫黄(S)という元素が含まれています。 五大元素にはそれぞれに働きがあります。炭素は鋼には不可欠な元素で、炭素が少ないと軟らかく伸びやすく、多ければ強さと硬度が増加します。珪素は鋼の強さや硬度を増加させます。マンガンは強さと硬度を増加させ、焼入れを補助します。リンと硫黄は鋼をもろくします。 - 製鋼(Steel making)
高炉から取り出した銑鉄は硬くてもろく、圧延加工をすることが困難です。銑鉄から炭素分を除去し、必要に応じて他の合金元素を混ぜることで、粘り強さを持つ鋼を製造する工程を製鋼と呼びます。銑鉄は転炉に移され、酸素が吹き込まれます。酸化精錬により、炭素、珪素、リン、硫黄などを減らします。その後再度加熱し、酸素を減らし、使用目的に応じて炭素の量、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)、マンガン(Mn)、バナジウム(V)、タングステン(W)、コバルト(Co)等を加え、鋼塊(steel ingot)を作ります。
鉄と鋼は、主に炭素含有量で分類され、炭素含有量が0.08〜2.0%が鋼で、それ以下は鍛鉄または軟鉄と呼ばれ、焼き入れで硬化しません。それ以上が銑鉄または鋳鉄と呼ばれます。また、ニッケル、クロムなどの合金元素を加えたものを合金鋼または特殊鋼と呼び、加えていないものを炭素鋼と呼びます。ステンレス鋼は、クロムを12%以上加え、さらに必要に応じてニッケル、モリブデンなどを配合した合金鋼です。- 合金元素の働き
- 炭素(C)
合金元素で、すべての鋼に存在するわけではありませんが、最も重要な硬化要素です。炭素が少ないと軟らかく伸びやすく、多ければ強さと硬度が増加します。刃物鋼は、一般に0.5%以上の炭素含有量で作られます。 - クロム(Cr)
耐食性、耐摩耗性、および焼入れ硬化性を高めます。13%以上クロムが入ると、一般にステンレス鋼と呼ばれます。高い量のクロムを加えると、靱性が減少し、研ぎにくくなります。 - コバルト(Co)
耐軟化性(焼きの戻る温度)を高くする働きがあります。 - 銅(Cu)
耐食性を高めます。 - マンガン(Mn)
焼入れ硬化性、強度、および耐摩耗性が増加します。 - モリブデン(Mo)
各種合金鋼の添加元素に利用され、焼入れ硬化性、引っ張り応力、および耐食性が増加します。タングステン、バナジウムと並んで耐軟化性(焼きの戻る温度)を高くする働きがあります。 - ニッケル(Ni)
靱性、焼入れ硬化性及び耐食性が向上します。 - 窒素(N)
炭素に代わって使用されると、耐食性が高まります。 - リン(P)
切削性が向上しますが、鋼をもろくします。 - 珪素(Si)
シリコン(Silicon)と呼ばれ、強度が改善されます。 - 硫黄(S)
切削性が向上しますが、鋼をもろくします。 - タングステン(W)
カーバイド(carbide)の一種で、モリブデン、バナジウムと並んで耐軟化性(焼きの戻る温度)を高くする働きがあり、耐磨耗性が向上します。クロムまたはモリブデンと適切に結合されると、高速度鋼になります。 - バナジウム(V)
最も硬いカーバイド(carbide)の一種で、モリブテン、タングステンと並んで耐軟化性(焼きの戻る温度)を高くする働きがあり、微粒子構造を促進して耐摩耗性、焼入れ硬化性、靱性が向上します。非常に鋭いエッジを作ることができます。
- 炭素(C)
- 合金元素の働き
- 鋳造(casting)
製鋼された溶鋼を、一定の形に鋳固める工程を鋳造と呼びます。日本では、上下が開口した鋳型の上部から溶鋼を注入し、連続して鋼を鋳固めてゆく連続鋳造が進んでいます。連続鋳造ができない鋼などは、鋳型を用いた鋳造が行われています。鋳造された塊はスラブやビレットと呼ばれ次工程の材料に用いられます。 - 圧延/鍛造(billet rolling/forging)
鋳造されたスラブをロールで加圧し、所定の形状の製品に加工する作業を圧延と呼び、ハンマーのような物体で叩きながら加工することを鍛造と呼びます。圧延には、材料を再結晶温度以上で加熱し、圧延する熱間圧延と、材料を常温または多少の熱を加えただけで圧延する冷間圧延の2種類があります。 鋳造されたスラブは、熱間圧延で加工され、その後必要に応じて冷間圧延され、厚板・薄板・形鋼・鋼管などの各種鉄鋼製品が完成します。
鍛造(forging)には、再結晶温度以上に加熱して成形する、熱間鍛造(hot forging)と再結晶温度以下の常温で成形する、冷間鍛造(cold forging)があります。 金属をハンマー等で叩いて圧力を加えることにより、金属内部の空隙がつぶれ、結晶方向が整い微細化されるため、強度が高まると共に目的の形状に成形することができます。古くから、日本刀などの刃物は、靭性と硬度を並存させる為に軟鉄を鋼ではさみ込み鍛接する製造技法が使用されていてます。 数の多い鍛造製品には、金属の素材を金型などで圧力を加えて塑性流動させて成形する、型鍛造(die forging)が用いられます。
鋼の熱処理(heat treatment)
- 熱処理は、鋼を加熱したり、冷却したりすることによって、鋼の状態を変えることで、「焼ならし」「焼なまし」「焼入れ」「焼戻し」「サブゼロ処理」があります。
- 焼ならしは、鋼を熱して、大気中で冷やし、鋼の応力ひずみ等を取ることです。
- 焼入れは、鋼を熱したあとで、水や油などを使って急冷し、鋼を硬くする熱処理。
- 焼なましは、焼き入れされた鋼をもとの軟らかさにする熱処理で、焼き入れ温度まで熱してから、徐冷(ゆっくり冷やす)します。
- 焼戻しは、焼入れして硬度が上がり、もろくなった鋼に、ねばりを加える熱処理で、焼き入れ温度以下で熱してから、徐冷(ゆっくり冷やす)します。
- サブゼロ処理は、焼入れ直後に液体窒素などで冷却し、そして焼戻しを行います。それを数回繰り返すと、組織中の残留オーステナイトがマルテンサイトに変態します。結晶粒の安定化も促進され、置き割れ、置き曲がりなどの経時寸法変化の防止と耐磨耗性などの機械的性質が向上します。
かたさ試験(handness test)
- 試験片にダイヤモンドや鋼球などで圧力をかけてできる傷やへこみの永久変形を比べるもので、数値の比較で表されます。
主な硬度測定には、ブリネルかたさ、ビッカースかたさ、ロックウェルかたさ、ショアかたさがあります。ロックウェルかたさ(Rockwell hardness)は鋼球またはダイヤモンドコーン(円錐形)を一定荷重で押し付けてくぼみの深さを計測し比較する方法です。Cスケールは、ダイヤモンドコーンを使用し、試験荷重150kg、HRc0〜70まで計測できます。ロックウェル方式の数値は、値が倍になってもかたさが倍ということではありません。ナイフの硬度はロックウェルかたさのCスケール「HRc」で表されることが一般のようです。
硬度と強度には、反比例があります。 刃は固ければ固いほどもろく丈夫ではありません。固い刃は、より長くエッジを保持しますが、衝撃に影響されやすくなります。 高炭素刃物鋼の一般的な硬度はHRc52から58です。 ステンレス刃物鋼の一般的な硬度はHRc56から60です。HRc52未満の硬度は刃物としては柔らかいとされ、HRc60以上の硬度は刃物として、大変硬くもろいと考えられています。
ナイフ鋼材の一般的種類
- 炭素鋼(Carbon Steel)
炭素鋼は鉄と少量の炭素で作られています。炭素鋼は含まれる炭素量で、低炭素鋼、中炭素鉄鋼、高炭素鋼、及び非常に高い炭素鋼の4つに分類されます。低炭素鋼は0.05%から0.3%の炭素を含んでいます。 中型炭素鋼は0.3%から0.5%の炭素を含んでいます、そして、高炭素鋼は0.5%から0.95%の炭素を含んでいます、そして、非常に高い炭素鋼は0.96%から2.1%の炭素を含んでいます。 高炭素鋼は、刃物を作るために最も広く使用された炭素鋼で、熱処理により硬度と靱性の良いバランスを維持できますが。焼き入れにより硬度はステンレス鋼より高くでき良いエッジを保持できますが、錆に弱いと言う欠点があります。 - ステンレス鋼(Stainless Steel)
ステンレス鋼は鉄と少量の炭素に、クロム、バナジウム、モリブデン、タングステンやニッケルなどが加えられ作られています。これらの要素が鉄と炭素に加えられると耐食性が増加し、加えられる量により異なった性質のステンレス鋼が形成されます。高い炭素含有量はエッジ保持を増加させるのに必要で、高炭素ステンレスは、刃物鋼として広く使われています。炭素鋼ほど硬度は高くなりませんが、通常使うには十分な硬度にすることができます。 - 粉末冶金鋼(Powder Metallurgy Steel)
粉末冶金鋼は、インゴットから急冷し粉末に凝固させられた金属の粉末を型に入れ、粉末成形プレスで圧力をかけ固め、それを焼結炉で、金属の粉末が溶けない温度で焼き、粉を焼結させます。従来の工程で作り出された鉄鋼と比べて、カーバイドを減少させ結晶粒度を微細化させ、強度、エッジ保持、および研削性に優れています。本来、粉末成形で部品を造り使用する目的のため、成形後の加工が困難です。 - 複合鋼(Composite steel)
複合鋼は、複数の材料を圧接や鍛接により1つの部材とした鋼を言います。その代表的な物が日本刀です。 日本刀は、玉鋼・銑鉄・包丁鉄の3種類を積み上げ加熱し小槌で叩いて鍛接します。そのときの配合は、含有炭素量が異なる心金(しんがね)、棟金(むねがね)、刃金(はのかね)、側金(がわがね)の4種類に作り分けされ、厚さ20mm、幅40mm、長さ90mm程度の鋼にします。 四方詰鍛えの造込みでは、側金、芯金、側金の順で重ね、鍛接します。厚さ15mm、幅30mm、長さ500〜600mm程度に打ち伸ばされ、刀の握り部分になる、茎(なかご)が鍛接され刀の形に打ち延ばされます。多くの和包丁や、現在のダマスカスと呼ばれる鋼も複合鋼です。
刃物鋼の重要な特性
- 理想の刃物鋼は、ナイフの形に加工しやすいこと、簡単に焼き入れでき、硬度が上がり、鋭いエッジができ、そのエッジが長く保たれ、衝撃で折れず、力に対して曲がらず、錆びない。
- 製造可能性:機械加工性の程度。
- 焼入れ硬化性:熱処理行程によって硬化できる程度。
- 硬度:永久的な変形に耐える程度。
- エッジ保持:ブレードが鋭いエッジを保持できる程度。
- 耐摩耗性:鋼が摩耗に耐えることができる程度。
- 靱性:破損せずに鋼が衝撃を吸収できる程度。
- 強度:力に耐えることができる程度。
- 耐食性:錆び(酸化)に耐えることができる程度。
主な刃物用鋼材
炭素鋼系(Carbon Steel)
- 1045、1050、1055、1060、1084、1095
アメリカSAE規格の構造用炭素鋼板のことで、1006から最高1095まであり数値が大きければ炭素含有量が増加します。1050と1060が、刃物鋼として多く使われていて、小型ナイフを製造するための鋼はシリーズの中で1095が最も人気があるようです。1095は炭素とマンガンを多く含んでいて、適切な熱処理により研ぎやすく耐摩耗性が良い鋼ですが、耐食性が劣ります。 - 50100-B
0170-6スチールとしてAISI明示により知られています。 O-1とよく似たクロムバナジウム鋼ですが安価です。 - 5160
1060と同様な特徴で、焼入れ硬化性を増大させるために1パーセントクロムを加えたバネ鋼。ナイフにしばしば使われます。エッジ保持に優れを持ち、耐摩耗性と強さがあります。削りにくく研ぎずらい材料です。 - 52100
0170-6のクロム量を3倍にしたボールベアリング鋼。5160と同様な特徴で、より良いエッジ保持能力があります。適切な熱処理により、5160と同じくらいの靱性があります。 - A-2
空気焼き入れができる工具工で、焼き入れ後の変形が少ない。常温近くで焼きが入るため、焼き戻しが難しい。D-2やM-2より靱性に優れていますが、耐磨耗性に劣ります。0-1よりわずかに研ぎにくい材料です。 - ASSAB K-120
ASSAB K-120は、スエーデンの製鉄所、アッサブ(ASSAB)で作られている炭素鋼で、日本の白紙に似た鋼です。「洋玉鋼」とも云われています。 - D-2
空気焼き入れができ、熱処理による歪みが少ない冷間金型用鋼です。日本ではSKD-11(ダイス鋼)。A-2より多くの炭素とクロムが含まれていて、高い耐摩耗性と、耐食性を持っています。高いクロム含有量と良い耐食性により、セミステンレスとも呼ばれます。ATS-34や154CMより強度が高く、容易に焼きが入るため加工が難しい材料です。D-2とは米国の規格名で、JIS規格はSKD11、ヤスキハガネではSLDと呼ばれます。実用硬度は、HRC60〜62 - L-6
帯鋸や丸鋸のブレードに使われる炭素鋼。オイル焼き入れができる中炭素鋼で、それは一般的な炭素鋼より少し良い耐摩耗性があります。スウェーデンの帯鋸刃鋼15N20と類似しています。非常に高い靱性がありますが、焼入れ硬化性と耐食性が劣る材料です。 - M-2
高速度工具鋼(high speed tool steel)と呼ばれ、「ハイス鋼(HSS)」と略称されています。耐軟化性(焼きの戻る温度)の低さを補うために開発された材料で、鋼にクロム、タングステン、モリブデン、バナジウムといった金属成分を添加したもので、一般的な旋盤用バイトに使用されています。
高い耐磨耗性と粒状組織による高い強度があります。高い焼入れ硬化性と一般的な工具鋼よりわずかに耐食性が優れています。粉末冶金法による超硬合金の普及する以前には、金属材料のあらゆる切削に用いられていました。実用硬度HRc61〜63 - O-1
オイル焼き入れができ、熱処理のやり直しができる炭素工具鋼で人気の高いアメリカ製の材料です。日本ではSKS-3/31鋼。優秀なエッジ保持と靱性を持っていますが、研ぎにくく、非常に錆びやすい材料です。ランドール・ナイフに使われています。実用硬度は、HRC60〜61。 - O-6
O-1と同様な特徴ですが、靱性、エッジ保持、耐摩耗性が、わずかにO-1より優れています。熱処理は容易ですが、非常に研ぎづらい材料です。 - カーボンV
コールド・スチール(Cold Steel)によって商標登録されている炭素鋼。50100-Bと同様の特性を持っています。 - SK-5
日本で作られる、工具用炭素鋼で、1種から7種まであり、SK-1は1.3〜1.5%の炭素量、SK-7は0.6〜0.7の炭素量です。SK-1〜SK-7に向かって炭素量は減少していき、炭素量が0.6%未満になると機械構造用(SC材)となります。
高炭素のマルテンサイトと未溶解のカーバイドの混合物が含まれていて、高い焼入れ硬化性を持っています。カーバイドは耐摩耗性を増大させ、靱性とエッジ保持の間のよいバランスを作成するのに役立っています。耐軟化性(焼きの戻る温度)が低く、熱の加わる場所での使用には適しません。工具に多く使用される材料です。 - 白紙2号
日立金属の炭素鋼で、SK材の不純物を低減し黄紙となり、それをさらに低減したもので、日本の刃物(和包丁など)によく使用されています。耐摩耗性、靱性とエッジ保持に優れていますが耐食性が劣ります。鋼材の種類が外観より分かりにくいため、鋼材を包装していた紙の色からこの名前となりました。実用硬度HRc60〜 - 白紙1号
日立金属の炭素鋼で、白紙2号の炭素量を増やし硬度を増した物。高炭素鋼のため鍛造時点の温度管理が大変難しい。 - 青紙2号
日立金属の炭素鋼で、白紙2号にタングステンとクロームを添加し、焼き入れ性と耐摩耗性を向上したもの。鋼材を包装していた紙の色からこの名前となりました。 - 青紙1号
日立金属の炭素鋼で、青紙2号の炭素量を増やし硬度を増した物。高炭素鋼のため鍛造時点の温度管理が大変難しい。 - 青紙スーパー
日立金属の炭素鋼で、青紙1号の炭素量を増やし、タングステンとクロームを添加し、硬度と耐摩耗性を向上したもの。高炭素鋼のため鍛造時点の温度管理が大変難しい。
ステンレス鋼系(Stainless Steel)
- 12C27
ノルウェーのナイフで多く使われているスカンジナビア・サンドビック(Scandanavian Sandvik)のステンレス鋼で、440Aと同様の性質を持っています。高純度な鉄鋼で、良い焼入性と耐磨耗性があります。13C26、AEB-Lより高い靱性と耐食性がありますが、耐摩耗性には劣ります。440Cより高いエッジ保持を持っています。 - 13C26
AEB-Lと同様の性質を持っています。スカンジナビア・サンドビック(Scandanavian Sandvik)のステンレス鋼で、12C27より良い焼入れ硬化性と耐摩耗性がありますが、靱性と耐食性が劣ります。 - 154CM
クルーシブ・マテリアルス・コーポレーション(Crucible Materials Corporation)が開発した鋼材で、440Cと同様な性質で、硬度と靱性は440C以上です。150〜500℃の高温に耐えなければならない、ボーインク770の軸受に使用されています。AISI618(14%クロムー4%モリブデン鋼)の高温に対する強さと耐食性をさらに高めた米国クライマックス・モリブデン社のWD鋼を基礎に、15%クロム、4%モリブデン鋼として製品化されました。RWラブレス氏が1971年に初めてカスタムナイフに使用し、硬度、耐食性、エッジ保持に優れていることから、多くのユーザーから支持を受けました。ATS-34の登場までナイフ用の鋼としては最も優れていました。 - 17-7 PH
ばね用ステンレス鋼SUS301鋼と同様で、18-8(SUS304)ステンレスのクロムとニッケルを低めたステンレスです。オーステナイトが不安定なため、冷間加工によってマルテンサイト変態が起こり、加工硬化と合わせ非常に高い強度が得られます。また靭性も大きいため、強い加工を行うバネ等に最適な材料です。高い耐食性があり、海水腐食を含む腐食に高い力と抵抗を必要とする刃物に使用されます。熱処理可能なマルテンサイト系ステンレス鋼とオーステナイト系ステンレス鋼の良いところを取った材料です。 - 4116 クルップ(Krupp)
ドイツのティッセンクルップ・スチール(ThyssenKrupp steel)で作られたきめの細かいステンレス鋼。クロム含有量が多く、衛生的な台所食卓用金物を含む食品加工のアプリケーションのために多く使われています。高い炭素含有量で、420や440シリーズステンレス鋼を上回る高い強さとエッジ保持能力があります。 - 420、420HC、420J、420J2
420シリーズは、低価格のステンレス鋼で、耐食性と靱性は高いのですが、耐磨耗性が低く良いエッジ保持をしません。低コストで簡単に機械化できるため、安価なナイフにしばしば使用されています。420J2は、その腐食性により、ダイビングナイフやヒレナイフに使用されます。炭素量が多い420HCは440Aに相当し、他の420ステンレス鋼と比較して比較的高いエッジ保持がありますが、耐摩耗性は劣ります。 - 425M
440Aと同様な特徴。 - 440A
420シリーズより焼入れ硬化性が高く、適切な熱処理で、耐摩耗性はナイフブレードのため許容点と言えます。焼入硬化性に優れ硬く、440B、440Cより靱性が大きく、440Cより高い耐食性があります。 - 440B
420シリーズより焼入れ硬化性が高く、適切な熱処理で、耐摩耗性はナイフブレードのため許容点と言えます。440Aより炭素含有量が多く焼入れ硬化性は440Aよりあり、440Cより靱性が大きく、440Cより高い耐食性があります。 - 440C
高い炭素含有量のために、通常HRc56から58の硬度で焼き入れできる高性能のステンレス鋼で、他の440シリーズステンレス鋼と比較して、非常に丈夫で、良いエッジ保持をします。しかし、他の440ステンレス鋼ほど、耐食性は高くありません。それはATS-34より堅くてより高い耐食性を持っていますが、エッジ保持は劣ります。耐久性は、サブゼロ処理により増加することができます。それは、ナイフメーカーによる最初に広く認められたステンレス鋼でした。ハイテクステンレス鋼が誕生するまでは、ナイフ産業で最も人気があるステンレス鋼でした。炭素鋼より簡単に切断でき、O-1鋼より簡単に削れ、非常に低い温度で焼きなましができます。
クロムの含有が多く、耐蝕性に優れ、研ぎ易い硬度と経済的な価格が魅力。長く使用されており、安定した人気の有る鋼材。 マルテンサイト系ステンレス鋼 硬度は、HRC59〜60。 - 440V
440Cと同様な特徴で、硬度は440Cに劣りますが、エッジ保持能力があります。440Cより削りにくく研ぎづらい。 - 6A、8A、10A
AUSシリーズと同様な特徴。愛知製鋼で作られているステンレス鋼で、8Aは炭素0.8%、クローム13〜14%、モリブデン0.25%、バナジューム0.1〜0.3%と440Bに近い組成性質を持っていて、クローム成分の含有率が低いため、研ぎやすく、扱いやすい鋼材としてファクトリーナイフに広く使用されています。実用硬度HRc56〜58。 - AEB-L
13C26と同様な特徴で、キッチンナイフに多く使用されています。440Bと似た特徴があり、440Cのようにサブゼロ処理により、エッジ保持を増加することができます。削りやすく研ぎやすい材料で、研摩により容易に艶が出る材料です。 - ATS-34
154CMと同様な性質で、154CMよりマンガンが少なく、リン、シリコン、および硫黄が多く入っています。日本の日立金属安来工場で作られています。非常に硬い鋼で焼き入れによりHRc60以上になり良いエッジ保持がありますが、耐食性は400シリーズステンレス鋼より劣ります。実用硬度が高いにもかかわらず、刃欠けのないエッジを得る事ができます。耐食性テストでは、D-2の1.7倍、440Cの1.3倍、また摩耗テストでは、440Cの硬度HRc58、ATS−34の硬度HRc60の比較で、ATS-34は440Cの1.5倍の耐摩耗性を示しています。R.W.ラブレス氏も1983年以降、154-CMからATS−34に切り扱えています。実用硬度は、HRC60〜61。 - ATS-55
ATS-34と同様な特徴ですが、モリブデン、リン及び硫黄が少なく、コバルトと銅が多く入っています。耐食性はATS-34以上で、AUS-8に匹敵しますがエッジ保持が劣ります。 - AUS-6、AUS-8、AUS-10
6A、8A、10Aステンレスとも呼ばれます。 AUS-6は440Aに類似していて、420Jと競合しています。AUS-8は440Bに類似していて、ATS-55やGin-1と競合しています。AUS-10は耐食性が少し劣りますが440Cに類似していて、ATS-34や154CMと競合しています。AUSシリーズステンレスは440シリーズと異なりバナジウムを含んでいます。バナジウムは、耐磨耗性とエッジ保持を増大させ、より鋭いエッジを作ることができます。 - AUS-8A
AUS-8と同様な特徴で、クロムが少なく、多くの炭素を含んでいます。AUS-8より靱性が高くエッジ保持に優れていますが、耐食性は劣ります。エッジ保持は440Cより劣ります。 - BG-42
ティムケン・ラトローブ・スチール(Timken Latrobe Steel)によって作られた、ベアリンググレードの、マルテンサイトステンレス鋼。航空宇宙産業で多く使われていています。ATS-34より多くのマンガンを含んでいて、ATS-34に含まれないバナジュームを含んでいます。ATS-34より硬度を高くすることができ、耐食性、耐磨耗性とエッジ保持が優れています。しかし加工が難しく、極端な用途に適している材料です。 - BDC
デイビッドボイエ(David Boye)で生産されるコバルトを含んだステンレス鋼で、ボイエ・ドゥリティック・コバルト(Boye Dendritic Cobalt)のこと。耐摩耗性と耐食性に優れていますが、靱性が劣ります。 - CPM-3V
クルーシブ・マテリアルス・コーポレーション(Crucible Materials Corporation)により作られたバナジウム工具鋼で、耐摩耗性と靱性に優れています。優れた耐食性を持っていますが、腐食は表面錆ではなく浸透錆の傾向があります。 耐摩耗性はSKD11とほぼ同等。耐衝撃はSKD11の約3倍。 - CPM-10V
クルーシブ・マテリアルス・コーポレーション(Crucible Materials Corporation)によって作られた非常に高いバナジウム工具鋼で、D-2、M-2に匹敵する靱性を持っています。優れた耐摩耗性がありますが、耐食性が劣ります。 耐摩耗性は、SKD11の5〜7倍、耐靭性はSKD11と同等、機械加工性、研磨性はSKD11と同等、熱処理後の寸法変化が少ない。 - CV-134
日立金属が電車の枕木を切断する材料として開発した鋼材。硬度が高く、耐磨耗性と靭性に富んでいます。硬度が高いため美しいミラー仕上げができます。耐食性はD-2と同等で、研ぎにくい材料です。実用硬度は、HRC61〜62。 - GIN-1
G-2とも呼ばれるステンレス鋼。ATS-34より耐摩耗性と強度は少し劣り、ATS-55より耐摩耗性があります。ATS-34や154CMの低コストで代わるものとしてしばしば使われています。 - INFI
ブッセ・コンバット(Busse Combat)が使用する登録商標の工具鋼。 耐食性はD-2に匹敵し、高い靱性と耐摩耗性を持っています。耐食性、靱性、およびエッジ保持のバランスが良い工具鋼です。極端な用途に耐える必要がある大きな刃に使われます。 - バスコウェア(Vasco Wear)
この鋼は現在、生産されていません。高い量のバナジウムを含んでいて、非常によいエッジ保持と耐摩耗性がありますが、研ぎずらい材料です。 - VG-10
高炭素、バナジウムステンレス鋼で、BG-42やAUS-8と同様のエッジ保持と、154CMと同様な良い耐摩耗性を持ています。ATS-34や154CMより良い耐食性を持っていて、バランスのとれた刃物鋼です。 日本では、武生特殊鋼材のV金10号。 - W-1、W-2
1095と同様な特徴です。良いエッジ保持と適度に強度がある鋼ですが、耐摩耗性が劣ります。 W-2はバナジウムを含んでいて、W-1より良いエッジ保持を持っています。両方とも高い焼入れ硬化性を持っています。W-1は、やすりを作るのにしばしば用いられます。 - クロモ・セブン
日立金属が安全カミソリの材料に開発した鋼材で、耐食性に優れていて、靭性は440Cの1.8倍、ATS34の1.4倍。一次炭化物が存在しないので美しいミラー仕上げができます。低温焼き戻しを行っているため耐軟化性が劣ります。実用硬度は、HRC59。 - 銀紙1号
日立金属の13クローム系ステンレス鋼で、日立安来鋼銀紙1号の略。420の炭素量を増やし、不純物を低減した銀5に、クロームとモリブデンを添加したもので、硬度、靭性及び耐食性を増した物です。ステンレス系刃物鋼では錆にくく切れ味も安定しています。実用硬度HRc57〜58。 - V金1号
武生特殊鋼材の13クローム系ステンレス鋼で、1.0%の炭素と、14%のクロムを含んでいて、耐摩耗性、耐食性に優れています。用途は、理美容鋏などに広く使用されています。 - V金2号、5号
武生特殊鋼材の薄刃用ステンレス刃物鋼。V金1号と同様な特徴で、靱性、耐食性、耐摩耗性に優れています。V金2号は0.6〜0.7%、V金5号は0.7〜0.8%の炭素を含んでいて、耐摩耗性がV金2号よりV金5号が勝ります。
粉末冶金鋼系(Powder Metallurgy Steel)
- CPM-S30V
クルーシブ・マテリアルス・コーポレーション(Crucible Materials Corporation)により作られた、高炭素、高バナジウムのマルテンサイトステンレス鋼で、食卓用金物産業のために特にクルーシブ・マテリアルス・コーポレーションのディック・バーバー(Dick Barber)によって作られました。耐食性は440Cより優れていた、摩耗性は440Cより約1.5倍優れ、靭性は3〜4倍優れています。優れた焼入れ硬化性を持っています。S60VまたはS90Vより削りやすく、D-2に相当します。高炭素と高バナジウムのために、エッジ保持と耐摩耗性はBG42に匹敵します。 - CPM-S60V
クルーシブ・マテリアルス・コーポレーション(Crucible Materials Corporation)により作られた、高炭素、高バナジウムのマルテンサイトステンレス鋼で、耐摩耗性とエッジ保持に優れていますが、削りにくく研ぎづらい。熱処理により硬度を減らすことにより靱性を増すことができます。 - CPM-S90V
クルーシブ・マテリアルス・コーポレーション(Crucible Materials Corporation)により作られた、高炭素、高バナジウムのマルテンサイトステンレス鋼で、 S60Vと同様な特徴ですが、より多くの炭素とバナジウムが含まれています。これは、ナイフ鋼材として使用される他のステンレスよりも高い耐磨耗性とエッジ保持に優れています。 それはS60Vより靱性、耐摩耗性が優れていて、BG-42といくつかの同等の特徴を持っています。熱処理が難しく、削りにくく研ぎづらい材料です。 - M390
M390は、シンプリー・ツール・スティール(SIMPRY TOOL STEEL)により造られた、高クロム、高バナジウムのマルテンサイトステンレス鋼で、耐食性と耐摩耗性に優れた粉末ステンレス鋼です。高いオーステナイト化温度で、HRC58〜62の硬度が可能です。 - カウリX
ZDP-189と同様な特徴で、大同特殊鋼の粉末ダイス鋼で、実用硬度は炭素鋼と同等。刃持ちはATS-34の10倍とも言われています。実用硬度HRc63〜65。 - ZDP189
日立金属が粉末冶金により製造した刃物鋼。ATS-34の炭素量とクロムを増加し、粉末化し、焼成したもので、焼き入れ性と耐摩耗性が向上しています。驚異的な高硬度、高耐磨耗性が得られ耐食性も良好なため、切れ味がよく、刃持ちも優れています。しかし、靱性が低くエッジ保持能力、耐食性が劣り、削りにくく研ぎずらい材料です。実用硬度HRc66〜68。 - ステライト6-K(Stellite 6-K)
デロロステライト(Deloro Stellite)社が粉末冶金により製造したコバルト・クロム合金で、熱処理の必要が無く錆びません。非常に良い耐摩耗性がありますが強度が弱く、素材が硬く加工が困難です。
複合鋼(Composite steel)
- ダマスカス鋼(Damascus steel)
インドは昔から製鉄業が盛んなところで、それらの鉄は紀元前3世紀ころから、中近東、エジプト、ヨーロッパに輸出され、ヨーロッパではウーツ鋼(Wootz steel)と呼ばれていたそうです。 3世紀から17世紀ころまで、インド産のウーツ鋼はペルシャの商人によって、中央インド、アフガニスタンなど各国に輸出されました。現在のシリア(Syria)のダマスカス(Damascus)に輸出されたウーツ鋼はその地方の刀鍛冶によって刀剣となります。 ウーツ鋼のインゴットは、カーバイドの層構造が形成されていて、これを鍛造することにより表面に複雑な縞模様が顕れ、ダマスカスの剣と呼ばれ、珍重されたそうです。 しかし、近代的な製鋼技術の進歩と共に、インドでの鋼材の製造法など、製造技術は失われていきました。 現在、最初のダマスカス鋼の原材料や製造技術の違いによる、金属を複製する近代的な解明はされていないようで、この用語はダマスカス鋼の外観と性能を模倣した鋼を説明するために使用されています。 多くは、異種の鋼材を折り返し鍛造して、ウーツ鋼を鍛造したときに現れる縞模様と似たを表面を浮かび上がらせた鋼材が、ダマスカス鋼と呼ばれています。 - USAダマスカス
1980年代にアラバマ州、アラバマ ダマスカススチール(Alabama Damascus Steel & Cutlery)で生産されたものです。ハイカーボンとローカーボンの512層材。第二塩化鉄で腐食させ模様を出します。熱処理はSK材相当として熱処理します。 - ZDP189+ATS55
日立金属株式会社にて製作