フィリピンの硬貨 (Philippine coins)
ファン・ルナ(Juan Luna) Spoliarium
ファン・ルナ(Juan Luna)は、1857年にルソン島の北にあるイロコスノルテ(Ilocos Norte)で生まれました。彼は1874年に、マニラの「アテネオ・デ・マニラ大学(Ateneo
de Manila University)」で絵のデザインを学び、学士号を取得します。 その後、パリに定住し1894年にフィリピンへ帰国しますが、彼の兄、カティプナン(Katipunan)のアントニオ・ルーナ(Antonio
Luna y Novicio)将軍の独立運動に荷担したという疑いで2年後に逮捕され、後に釈放されます。
1898年の米西戦争で、アメリカ合衆国がスペインを破った後に、フィリピン共和国はフィリピンの主権と独立の認識を手に入れるため彼を、ワシントンD.C.で行われたパリ協議会の代表者に指名します。
1899年に米比戦争が勃発し、兄弟が暗殺されたことを聞きヨーロッパから帰国の途中、香港で心臓麻痺で亡くなります。
「Spoliarium」は1884年のマドリードエキスポで金賞を受賞した作で、ローマの決闘場で死んだ決闘士の姿を描いた絵です。現在はマニラのフィリピン国立博物館が所蔵しています。