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序論(Introduction)

イベリア半島(Iberian Peninsula)は、ヨーロッパ大陸の南西端に位置し、東西約1100km、南北約1000kmの方形で、総面積は約58万km2で、約85%をスペインが、約15%をポルトガルが占めています。北と西が大西洋に、南と東が地中海に面して、北東部はピレネー山脈を境にフランスに面し、南西端は最狭14kmのジブラルタル海峡をはさんでアフリカ大陸に面しています。そのためにイベリア半島は、ヨーロッパやアフリカの多くの民族と文化の交流と融合の場となってきました。

歴史(History)

  • 古代イベリア半島
    アルタミラ洞窟壁画(Altamira cave wall painting)後期旧石器時代の紀元前14000年代 クロマニョン人がスペイン北部、カンタブリア(Cantabria)州の州都サンタンデール(Santander)から西へ約30kmのサンティリャナ・デル・マール(Santillana del Mar )近郊にあるアルタミラ洞窟の壁に動物画を残します。
    紀元前3000年ごろのイベリア半島の東部沿岸に、地中海東部または北アフリカからの移住が始まりイベリア人が誕生しイベリア半島地域に分布したと考えられています。
    以後、イベリア半島には、先史時代からさまざまな民族と文化の渡来がありました。
    紀元前1000年頃にはピレネー山脈を越えてケルト人(Celts)の植民が始まり、紀元前12世紀ころにはフェニキア人、ギリシア人の進出がありました。

  • ローマ帝国時代
    紀元前2世紀、ローマとカルタゴが争ったポエニ戦争の影響を受け、イベリアは、紀元前205年ローマ軍の手に落ち、その後ローマの支配を受けることになり半島はヒスパニア(Hispania)と呼ばれます。 ローマ支配のもとでは半島住民のローマ化が進み、俗ラテン語が広まります。
  • 西ゴート王国(Kingdom of Goths) 415年〜711年
    西ゴート王国(Kingdom of Goths)西ゴート王国は、現在のフランス南部からイベリア半島にあたる地域を支配したゲルマン系民族のゴート族(Gote)が築いた王国です。ゴート族は、東ゲルマン系に分類されるドイツ平原の古民族で、「ゲルマン民族の大移動」によってイベリア半島に西ゴート王国、イタリア半島に東ゴート王国を築きます。585年にはスエヴィ王国(Kingdom of Suebi)を占領しイベリア半島を統一します。

  • アストゥリアス王国(Kingdom of Asturias) 718年〜914年
    アストゥリアス王国(Kingdom of Asturias)711年に、イスラーム勢力のウマイヤ朝がジブラルタル海峡を渡りイベリア半島へ上陸し西ゴート王国を滅ぼします。サラゴサ、レオンなど北部の都市も征服され、カンタブリア山脈、ピレネー山脈付近を除くイベリア半島の大部分がイスラーム勢力の支配下に入り、アル・アンダレスと呼ばれ、716年よりウマイヤ朝の属州となります。
    718年、西ゴート王国の貴族ペラーヨ(Pelayo)は、イベリア半島北西部に逃れ、アストゥリアス人と共にアストゥリアス王国を建国し初代国王となり、キリスト教徒たちのレコンキスタ(国土回復運動)が始まります。
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  • レオン王国(Kingdom of Leon) 910年〜1037年
    レオン王国(Kingdom of Leon)アストゥリアス王国は、アルフォンソ2世(Alfonso II)の時代にガリシア地方へと勢力を拡大し、オビエドを都とします。 856年には、アストゥリアス王オルドニョ1世(Ordono I)がレオン地方を征服し、910年に、ガルシア1世は都をオビエドからレオンへと移し、アストゥリアス王国はレオン王国に改名されます。
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  • カスティーリャ伯領(County Castilla) 856年〜1035年
    レオン王国の東部地域は、複数の伯領に分かれていました。最前線としての軍事力強化を目的として、932年にカスティーリャ伯領(County Castilla)として統合され、カスティーリャ伯フェルナン・ゴンサレスは、レオン王国内での地位を強めて行きます。
    1029年に、カスティーリャ伯ガルシア2世が暗殺されると、その妹マヨール(MAYOR)を后としていたナバラ王サンチョ3世ガルセス(Sancho III Garces)が伯領を継承し、ナバラ王国に併合します。

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  • カスティーリャ王国(Kingdom of Castile) 1035年〜1037年
    カスティーリャ伯領(County Castilla) 1035年、ナバラ王サンチョ3世ガルセスが死亡し、ナバラ王国は長男のガルシア・サンチェス3世が相続し、カスティーリャ伯領は次男のフェルナンド1世(Fernando I)が相続しカスティーリャ王国となり、ソブラルベ伯領は三男のゴンサロが相続し、アラゴンは嫡出(ちゃくしゅつ)でないラミロ1世に与えられアラゴン王国となります。
    (Picture from The Historical Atlas by William R. Shepherd)arrow

  • カスティーリャ・レオン王国(Kingdom of Castilla Leon)1037年〜1065年
    カスティーリャ・レオン王国(Kingdom of Castilla Leon)カスティーリャ王フェルナンド1世(Fernando I)は、レオン王ベルムート3世を倒し、レオン王国を併合し、カスティーリャ・レオン王国が誕生します。

  • カスティーリャ王国(Kingdom of Castile) 1065年〜1715年
    1065年、フェルナンド1世がバレンシア遠征の途上で病死し、遺言によってカスティーリャ・レオン王国は分割され、カスティーリャは長男のサンチョ2世(Sancho U)、レオンは次男のアルフォンソ6世(Alfonso Y)、ガリシアは三男のガルシア2世に、トロとサモラを娘エルビラとウラカがそれぞれ相続します。
    1230年、カスティーリャ王フェルナンド3世は、父のレオン王アルフォンソ9世の死に伴いレオン王位を継承し、レオン王国とカスティーリャ王国が統合され、カスティーリャ王国となります。

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  • アラゴン王国(Kingdom of Aragon) 1035年〜1715年
    1035年、ナバラ王サンチョ3世ガルセスが死亡し、アラゴン川の渓谷を、嫡出(ちゃくしゅつ)でないラミロ1世が相続し、アラゴン王国となります。
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  • ポルトガル王国(Kingdom of Portugal) 1139年〜1910年
    1095年、カスティーリャ・レオン王国のアルフォンソ6世は、娘婿でブルゴーニュ家のエンリケ・デ・ボルゴーニャ(Henrique de Borgonha)にポルトゥカーレ伯領(Count of Portugal)を与えた。これがポルトガルの起源となります。 エンリケ・デ・ボルゴーニャの息子アフォンソ1世(Afonso I)は、ポルトガル王国を建国したブルゴーニュ王朝の初代ポルトガル王。 1112年に父の後を継いでポルトゥカーレ伯になりますが、1120年に母と対立し追放されます。1128年には母とその愛人ガリシア伯と対戦し追放し、さらに宗主国であるカスティーリャ・レオン王国と戦い、1129年にポルトゥカーレ公として独立します。その後、南部のイスラム勢力と戦って領土を広げ、1139年のオーリッケの戦いで勝利を収めるとポルトガル王を称しますが、カスティーリャ・レオン王アルフォンソ7世は独立を認めませんでした。アフォンソ1世はアラゴン王国と同盟を結び戦い、1143年にカスティーリャ王国はポルトガル王国を承認します。
  • スペイン王国(Kingdom of Spain) 1516年〜
    1479年、カスティーリャ女王イサベル1世(Isabel I)とアラゴン王フェルナンド2世(Fernando II)が結婚し、スペイン王国が成立します。1492年にはスペイン王国がグラナダを陥落させてナスル朝が滅びスペインが統一します。
    スペイン王arrow

年表(Chronology)

  • 紀元前3000年、古代イベリア人が定住。
  • 紀元前1000年、ケルト系の勢力が南下、先住のイベリア人と融合してケルトイベリア人を形成する。
  • 紀元前227年、カルタゴのハスドルバル・バルカがカルタゴ・ノウァ(現カルタヘナ)を建設。フェニキア人の入植が始まる。
  • 紀元前201年、第二次ポエニ戦争で共和制ローマがカルタゴを破り、イベリアの支配権を奪う。
  • 53年、イベリア出身のローマ貴族トラヤヌスがローマ皇帝に即位する。
  • 375年頃、ゲルマン人が民族大移動を行い、それにより西ゴート族がフン族に圧迫され南下。
  • 415年、西ゴート王国建国。フランス南部のトロサ(現ツールーズ)に都する。
  • 560年、西ゴート王国、トレドに遷都。
  • 585年、西ゴート王国、現ガリシアにあったスエボス(スエビ)王国を併合する。
  • 716年、ウマイヤ朝アンダルス太守の支配が始まる。
  • 718年、ペラーヨ、コパドンガの戦いでイスラム軍を破り、アストゥリアス王国建国(首都オビエド)。
  • 732年、ウマイヤ朝、フランク王国とのトゥール・ポワティエ間の戦いに敗北。
  • 756年、アブド・アッラフマーン1世、コルドバで後ウマイヤ朝建国。
  • 813年、伝説ではサンチアゴ・デ・コンポステーラで聖ヤコブの墓が発見されたとされる。
  • 824年頃、イニゴ・アリスタがフランク王国に反乱を起こしてナバラ王国を建国。
  • 858年、アストゥリアス王国内にカスティーリャ伯領成立。
  • 912年〜961年、アミール(後カリフ)・アブド・アッラフマーン3世によるイスラム文化最盛期。
  • 914年、 アストゥリアス王国、レオン遷都→レオン王国(レオン・アストゥリアス王国)。
  • 961年、カスティーリャ伯領、レオン・アストゥリアス王国より事実上独立。
  • 1029年、ナバラ王国のサンチョ3世がカスティーリャ伯領を併合。その後レオン王国から領土を得る。
  • 1031年、後ウマイヤ朝断絶し、分裂王国時代になる。
  • 1035年、ナバラ王国のサンチョ3世が死去し、領土が4王子に分割相続され、アラゴン王国、カスティーリャ王国が独立する。
  • 1037年、カスティーリャ伯フェルナンド1世、レオン王ベルムート3世を倒し、カスティーリャ=レオン王国を建国。
  • 1085年、カスティーリャ王アルフォンソ6世がトレドを征服する。
  • 1086年、モロッコのムラービト朝君主のユースフがサグラハスの戦いでアルフォンソ6世を破り、以後アンダルシアを支配(1090年〜1146年)。
  • 1118年、アラゴン王国、サラゴサを占領し首都とする。
  • 1146年〜1224年、モロッコのムワッヒド朝、アンダルシアを支配。
  • 12世紀後半、アラゴン王国のテルエルにムデハル建築が作られ始める。
  • 13世紀初頭、ブルゴスに大聖堂が着工される(完成までに3世紀かかる)。
  • 1212年、キリスト教王国連合軍、ムワッヒド朝軍をナバス・デ・トロサの戦いで破る。
  • 1224年、ムワッヒド朝滅び、アンダルシアに小王国分立。
  • 1238年、ナスル朝成立(首都グラナダ)。アルハンブラ宮殿が造られる。
  • 1251年、カスティーリャ王国、ナスル朝を除いてイスラム小王国をすべて併合。
  • 1479年、カスティーリャ女王イサベル1世とアラゴン王フェルナンドが結婚し、イスパニア王国が成立する。
  • 1492年、イスパニア王国がグラナダを陥落させてナスル朝滅び、イスパニア統一完成。イサベル1世とフェルナンド2世はローマ教皇より「カトリック両王」の称号を受ける。
    • 10月12日、 クリストファー・コロンブスがバハマ諸島グァナハニ島に到達。
    • 10月28日、 キューバ島着
    • 12月6日、 イスパニョーラ島着

スペイン王国の誕生
  • 1516年、ハプスブルク家のカール大公がスペイン王カルロス1世として即位。スペイン・ハプスブルク朝の開始。
  • 1519年、カルロス1世、神聖ローマ皇帝としても即位(カール5世)。ハプスブルク家の全盛時代を迎える。
  • 1521年、マゼラン率いるスペイン船団、セブ島に到着し、キリスト教を伝える。マクタン島の戦いで首長のラプ・ラプがマゼランを討つ。
  • 1538年、オスマン帝国にプレヴェザの海戦で敗れる。
  • 1543年、ルイ・ロペス・デ・ビリャロボス率いるスペイン船団、サマール島とレイテ島に到着、これら諸島をフェリペ皇太子(後のフェリペ2世)にちなみラス・イスラス・フェリピナス(Las Islas Felipinas,フェリペナス諸島)と命名。
  • 1556年、フェリペ2世即位(〜1598年)。「太陽の没することなき帝国」
  • 1561年、フェリペ2世、トレドからマドリードへ遷都。
  • 1565年、ミゲル・ロペス・デ・レガスピの遠征隊、メキシコからセブ島に到着し占領、スペイン植民地確立。ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)副王領の一部となる。
  • 1568年〜1648年、ネーデルラントで反乱が起こる。80年戦争の始まり。
  • 1571年、レガスピ隊マニラ占領。
  • 1580年、フェリペ2世、ポルトガル王も兼ねる。ポルトガル王としては「フィリペ1世」。
  • 1588年、アルマダの海戦で無敵艦隊がイングランドに敗れる。スペイン・ハプスブルク朝の衰退が始まる。
  • 1603年、マニラで最初の華人反乱。
  • 1618年〜1623年、ボヘミア・ファルツ戦争(30年戦争の始まり)
  • 1625年〜1629年、デンマーク・ニーダーザクセン戦争
  • 1630年〜1635年、スウェーデン戦争
  • 1635年〜1648年、フランス・スウェーデン戦争
  • 1640年〜1668年、ポルトガル革命勃発。ポルトガル王政復古戦争始まる。
  • 1648年、ミュンスター条約でオランダ(ネーデルラント連邦共和国)の独立を正式に承認する。
  • 1659年、フランスとピレネー条約を締結。
  • 1700年、ハプスブルク家に代わりブルボン家のフェリペ5世が即位。しかしオーストリア・ハプスブルク家、イギリスの反発を受ける。
  • 1701年〜1713年、スペイン継承戦争始まる。
  • 1762年〜1764年、7年戦争で英軍がマニラ占領。
  • 1740年〜1748年、オーストリア継承戦争に参戦。
  • 1756年〜1763年、7年戦争に参戦。
  • 1759年、カルロス3世即位(〜1788年)。スペインの中興。
  • 1803年、ナポレオン戦争勃発。
  • 1805年、トラファルガーの海戦。
  • 1807年、ナポレオンの大陸封鎖令にスペインも参加する。
  • 1808年、ナポレオン1世の侵攻を許す。カルロス4世退位、代わってナポレオンの兄ジョゼフが即位(ホセ1世)。カタルーニャはフランス帝国の直轄地になる。スペイン人が反発、半島戦争が始まる。
  • 1809年、イギリス、マニラに商館設立。
  • 1814年、ホセ1世退位。ブルボン家のフェルナンド7世が国王に即位。
  • 1820年1月、リエゴ革命が起こる。自由主義勢力がスペインの王朝を倒し、一時革命政府を樹立する。この混乱期に中南米の植民地が相次いで実質的な独立を達成することになった。
  • 1833年10月、カルリスタ戦争が起こる。
  • 1868年9月、スペイン9月革命。

第1共和政
  • 1873年2月、第1共和政成立。

王制復古
  • 1874年1月、スペイン王制復古。
  • 1892年、ホセ・リサール、独立政治組織ラ・リガ・フィリピナ結成。鎮圧される
  • 1896年、武闘派独立組織カティプナンの蜂起。ホセ・リサール処刑される。
  • 1898年、米西戦争勃発、米軍マニラ占領。エミリオ・アギナルド、フィリピン独立を宣言。パリ条約でスペイン、フィリピンを米国に売却。

第2共和政
  • 1931年4月、第2共和政成立。
  • 1936年7月、スペイン内戦。
  • 1937年4月、ゲルニカ空爆。
  • 1939年、第二次世界大戦が勃発するが、スペインは参戦せず。
    • 4月、スペイン内戦終結。フランコ独裁成立。
  • 1945年、第二次世界大戦終結。戦後設立された国際連合はスペインをファシストの国として排除。
  • 1955年、国際連合加盟。

王制復古
  • 1975年11月、フランコ死去。フアン・カルロス1世が国王に即位、独裁は終焉。
  • 1978年、新憲法承認、立憲君主制に移行。
  • 1982年、NATOに加盟。FIFAワールドカップ開催。
  • 1986年、ECに加盟。
  • 1992年、バルセロナオリンピック開催。
  • 2002年、ホセ・マリア・アスナール首相イラク戦争を非常任理事国として支持。
  • 2004年、マドリードで列車爆破事件発生。イラク撤退を唱える左派が選挙で勝利。サパテロ政権が成立。
  • 2005年5月8日、2005年のF1世界選手権第5戦、スペイングランプリ(2005 Spanish Grand Prix)が、カタロニア・サーキットで開催。
  • 2006年5月14日、2006年F1世界選手権第6戦、スペイングランプリ(2006 Spanish Grand Prix)が、カタロニア・サーキットで開催。
  • 2007年5月13日、2007年F1世界選手権第4戦、スペイングランプリ(2007 FORMULA1 Gran Premio de Espana Telefonica)が、カタロニア・サーキットで開催。
  • 2008年4月25日〜4月27日、2008年F1世界選手権第4戦、スペイングランプリ(2008 FORMULA1 Gran Premio de Espana Telefonica)が、カタロニア・サーキットで開催。優勝は、キミ・ライコネン(Kimi-Matias Raikkonen)。

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