スペインの硬貨 1959年 10 CENTIMOS

1959年 10 CENTIMOS

1959年に発行、材質:白銅、直径:17.6mm、重量:0.8g。
左 「FRANCISCO FRANCO CAUDILLO DE ESPANA POR LA G. DE DIOS」「1959」portraitフランシスコ・フランコ総統。
右 「10 CENTIMOS」。


フランシスコ・フランコ(Francisco Franco)は、1892年にスペイン北西部ガリシア地方のフェロルで軍人の子として生まれました。トレドの陸軍士官学校を卒業して18歳で少尉となります。20歳の時、独立運動が展開されていたスペインの植民地モロッコに派遣され、現地のアフリカ人部隊を指揮して反乱軍と戦い、その功績で陸軍少佐に昇進します。帰国後は、サラゴサの陸軍士官学校の校長を務めます。
1931年、スペインではブルボン王朝が倒されて第二共和政が成立し、王族は国外へと追放されます。フランコは、共和政府からラ・コルーニャとバレアレス諸島の軍政官に任じられ、その間に陸軍少将に昇進します。1934年10月、右翼の内閣が成立し、左翼政党がこれに抗議してゼネラル・ストライキを呼びかけ、アストゥリアス地方で鉱山労働者がゼネストに決起します。フランコは決起した鉱山労働者を武力で鎮圧し、この功績により翌1935年、陸軍参謀総長に任命されます。
1936年2月の総選挙で、左翼勢力を中心とする人民戦線内閣が誕生すると、フランコは参謀総長を解任され、カナリア諸島総督に左遷されます。
人民戦線政府は社会主義的理念に基づく改革を実行、教会財産を没収し、ブルジョワを弾圧しました。これは農民層に支持されましたが、地主・資本家・カトリック教会などの保守勢力とは対立します。
同年7月にスペイン領モロッコと本土で軍隊が反乱を起こすと、フランコはモロッコで反乱軍を指揮し本土に侵攻します。保守勢力が反乱軍を支援したため、この反乱はスペインを二分する大規模な内戦に発展しました。 反乱軍の指揮者は当初、エミリオ・モーラ・ビダル将軍でしたが、トレド陥落など戦功めざましいフランコはモーラ将軍に取って代わり、1936年10月1日ブルゴスで、反乱軍の総司令官に指名され、国家元首に就任します。(ウィキペディアを引用)


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