福井県:丸岡城の鯱(しゃち)
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福井県:丸岡城の鯱(しゃち)

丸岡城(まるおかじょう)は、福井県坂井市丸岡町霞にあった城で、戦国時代の天正4年(1576年)に、一向一揆の備えとして織田信長の命により柴田勝家が甥の勝豊に築かせた、国の重要文化財です。 外観は二層、内部は三層の望楼型鯱閣で石垣は”野づら積み”という古い方式で、すき間が多く粗雑な印象ながら排水がよく大雨に崩れる心配がないといわれています。
鯱(しゃち)は、築城当時、木彫銅板彫りでしたが、昭和15年(1940年)からの天守の解体修理の際 戦時中で銅板が手に入らず笏谷石(しゃくだにいし)に代えましたが、天守が倒壊した福井大地震のときに落下して壊れたため昭和27年(1952年)に木製銅板張り鯱を復元しています。落下した鯱は、天守閣登り口の階段脇に保管されています。 『この鯱は、もと木彫銅版張りであったものを、昭和15〜17年の修理の際に石製の鯱に改めたもの。 その当時は戦禍中で銅版の入手が困難であったため、やむなく天守閣の石瓦と同質の石材で作り変えられたが、この石鯱も昭和23年6月の福井大震災により棟から落下し、現在のような形で残っている。 現在の天守閣の上にのっている鯱は、昭和27年〜30年の週福寺に、元の木彫銅版張りに復元したものです。』案内板より。


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