台湾:九份の昇平戯院
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台湾:九份の昇平戯院

九份は、台湾北部の港町基隆の近郊、台北県瑞芳鎮に位置する山あいの町です。19世紀末に金の採掘が開始されたことに伴い徐々に町は発展しました。日清戦争後の1895年、台湾は日本の植民地となり日本の財閥(藤田組)が金鉱を管理しますが、1897年、台湾の事業家、顔雲年(イェン・ユンニェン)に譲られて、顔(イェン)家(台陽鉱業)が九份のオーナーになります。戦後、顔(イェン)家の台陽公司のもとで金の採掘が行われ、住民は数万人に膨れ上がったそうですが、次第に金脈が枯渇し1971年に閉山されてから町は急速に衰退し、人々から忘れ去られた存在となりました。しかし、ベネチア国際映画祭でグランプリを受賞した「悲情城市」のロケ地として使われたこと、日本では「千と千尋の神隠し」の参考になった街として紹介されたため、再び脚光を浴びることとなりました。
昇平戯院(シェンピンシーイン)は、台湾で最も古い劇場建築のひとつで、1914年に別の場所で営業を開始し、1934年に現在の場所に移され、1951年に鉄筋コンクリートで立て直されたそうです。鉱山事業の衰退と共に、昇平戯院(シェンピンシーイン)も1986年に営業を停止したそうです。
現在の建物は、2011年9月に博物館の管理により再オープンし、無料で当時の姿に触れられるスポットになっています。入口にはスタンプコーナーが有り、内には映写機や古いポスターの展示と共に往時の売店等も再現されています。
2006年の昇平戯院(シェンピンシーイン)arrow


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