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序論(Introduction)

シェルビーACコブラ(Shelby AC Cobra)は、レーシングチーム、シェルビーアメリカンのキャロル・シェルビー(Caroll Hall Shelby)の依頼を受け、ロンドンのAC自動車により、ACエースのフレームにフォード・マスタング(Ford Mustang)のV8、3,621cc(221ci)、143hpの221エンジンを搭載して生まれます。その後、 フォード・フェアレーンのV型8気筒OHV、4,260cc(260ci)、4バレル・キャブレター、246hpが搭載され「コブラ260」が誕生します。最高速度240km/h、ゼロヨン加速14秒以下と発表されました。その後、エンジン排気量を4,736cc(289ci)とした「コブラ289」、6,997cc(427ic)とした「コブラ427」へと拡大して、ルマンを筆頭とした耐久レースで活躍し、1965年には「コブラ289」でGT世界チャンピオンを獲得します。

内容(Contents)

  • 1901年、イギリス、ロンドンのウエスト・ノーウッド(West Norwood)で、ジョン・ウェラー(John Weller)と、エンジニアのジョン・ポートワイン(John Portwine)による自動車製造のためのワークショップ、オートカー・アンド・アクセサリー社(Autocar & Accessories Limited)が誕生します。
  • 1903年、オートカー・アンド・アクセサリー社の、2気筒10hpモデルと4気筒20hpモデルが、クリスタルパレスモーターショー(Crystal Palace motor show)で発表されます。それは当時としては高性能のツーリングカーでした。が、経済的理由からより簡単な3種類の車両から製造販売をスタートしました。
  • 1904年、オートカー・アンド・アクセサリー社は、空冷単気筒5.6hpの配達用三輪車オートキャリアー(Autocarrier)を発売します。その後、数種類のバージョンが作られ、生産は1915年まで続きます。
  • 1907年、オートカー・アンド・アクセサリー社は、社名をオート・キャリアー社(Autocarriers Limited)とし、初めて「AC」が使用されます。
  • 1911年に、オート・キャリアー社は、イングランド南東部のサリー州(Surrey)テムズ・ディットン(Thames Ditton)に移転し、ジョン・ウェラーはAC最初の四輪車を設計します。
  • 1918年、オート・キャリアー社は、4シリンダーエンジンの2人乗り自動車、「255」の生産が開始されます。「255」は、ランズエンド(Land's End)などの、ヒルクライム(hillclim)や、高速トライアルに成功します。。
  • 1921年、ジョン・ウェラーとジョン・ポートワインは辞任し、1922年、社名をACカーズ社(AC Cars Limited)とします。
  • 1952年、ポルトガル人の父とイングランド人の母を持つ、レーシングカー・デザイナー、ジョン・トジェイロ(John Tojeiro)により、ACエース(AC ace)の基礎がデザインされます。
  • 1953年、ACエースコブラのベースとなったACエース(AC Ace)の生産が始まります。鋼管スペースフレームと前後横置きリーフの独立懸架で、イングリッシュ・ホイール(English Wheel)で作成されたアルミニュームのボディに、エンジンは自製の水冷直列6気筒、SOHC、1,991cc、100hpでした。最高速度192km/h、0-400m加速15.6秒だったそうです。1953年〜1964年まで223台が生産されました。

    諸元表 ACエース

    車体
    全長(mm) 3,860
    全幅(mm) 1,500
    全高(mm) 1,250
    ホイールベース(mm) 2,286
    トレッド(mm) 1,270
    1,270
    車両重量(kg) 840
    エンジン
    エンジン種類 水冷直列6気筒
    弁機構 OHC
    排気量 cc 1,991
    最高出力(hp/rpm) 100/5,000
    最大トルク(kgm/rpm) 16.6/3,000
    燃料供給装置形式 SU 3バレルcab
    変速機形式 4速MT
    足回り
    ブレーキ ドラム
    ドラム
    懸架方式 ウイッシュボーン、リーフ
    ウイッシュボーン、リーフ
    ステアリング方式 ウォーム&ペグ
    タイヤサイズ 5.56-16
    5.56-16
  • 1954年、Acecaクーペはロンドンモーターショーで発進し、次の年に生産に入りました。
  • 1955年、ブリストル自動車(Bristol cars)製の1919年に設計されたBMW328用直列6気筒エンジンが搭載されたエース・ブリストルが発売されます。エース・ブリストルは1964年まで463台が生産されました。

    諸元表 ACエース・ブリストル

    車体
    全長(mm) 3,860
    全幅(mm) 1,500
    全高(mm) 1,250
    ホイールベース(mm) 2,286
    トレッド(mm) 1,270
    1,270
    車両重量(kg) 840
    エンジン
    エンジン種類 水冷直列6気筒
    弁機構 OHV
    排気量 cc 1,971
    最高出力(hp/rpm) 127/6,000
    最大トルク(kgm/rpm) 22.3/4,500
    燃料供給装置形式 ソレックス3バレルcab
    変速機形式 4速MT
    足回り
    ブレーキ ドラム
    ドラム
    懸架方式 ウイッシュボーン、リーフ
    ウイッシュボーン、リーフ
    ステアリング方式 ウォーム&ペグ
    タイヤサイズ 5.56-16
    5.56-16
  • 1957年、エース・ブリストルは、ルマン(Le Mans)に出場し10位の成績でした。57年のルマンは、ジャガー、アストン・マーチン、フェラーリ、マセラティの戦いとなりましたが、ジャガー以外はトラブルで後退し、結果は1、2、3、4、6位がジャガーDタイプとなりました。
  • 1958年、エース・ブリストルは、ルマン・スペシャル(Le Mans Special)に出場し8、9位の成績でした。 58年の、ルマンはレース事故の影響で、スピードを抑制するため排気量が3リットル以下に制限され、その為、3リットルをオーバーしているジャガーはエンジンのショートストローク化をして5台が出場しましたが、改造によりバランスが崩れたジャガーDタイプはピストン・トラブルで全てリタイアします。結果、フェラーリが逃げ切り、3勝目を挙げます。
  • 1959年、ブリストルエンジンの生産が終了し、供給が停止します。
  • 1961年9月、レーシングチーム、シェルビーアメリカンのキャロル・シェルビー(Caroll Hall Shelby)の依頼を受け、1962年1月、AC自動車のメカニック、テムズ・ディットン(Thames Ditton)により、ACエースのフレームにフォード・マスタング(Ford Mustang)のV8、3,621cc(221ci)、143hpの221エンジンを搭載した試作車CSX0001が完成します。シェルビーは、米国レースにおいてシボレー・コルベットに匹敵する車が必要でした。
  • 1962年、コブラ260ACエースのフレームに、ウィッシュボーンの横置きリーフ4輪独立懸架サスペンションが組み合わされ、フォード・フェアレーンのV型8気筒OHV、4,260cc(260ci)、4バレル・キャブレター、246hpのエンジンをた搭載したコブラ260、CSX2000が完成します。 車両重量916kg、全長3,848mmで、最高速度233km/h、ゼロヨン加速14秒、以下と発表され、生産は、ボディとシャシーをイギリスで製造し、エンジンとミッションをカナダで組み付けるというもので、CSX2000〜2074まで75台製造されました。

    諸元表 ACコブラ260

    車体
    全長(mm) 3,848
    全幅(mm) 1,549
    全高(mm) 1,245
    ホイールベース(mm) 2,286
    トレッド(mm) 1,308
    1,334
    車両重量(kg) 916
    エンジン
    エンジン種類 水冷V8気筒
    弁機構 OHV
    排気量 cc 4,260
    最高出力(hp/rpm) 246/5,800
    最大トルク(kgm/rpm) 37.2/4,800
    燃料供給装置形式 ウエーバー4バレルcab
    変速機形式 4速MT
    足回り
    ブレーキ ドラム
    ドラム
    懸架方式 ウイッシュボーン、リーフ
    ウイッシュボーン、リーフ
    ステアリング方式 ウォーム&ペグ
    タイヤサイズ 6.50-15
    6.70-15
  • 1962年10月、コブラ260コンペティションレースカーとしてのシェルビー・コブラ260が、カリフォルニア州リバーサイドのリバーサイド・インターナショナル・レースウェイ(Riverside International Raceway)で行われた、リバーサイド3時間レース(Riverside 3-Hours)に出場します。ドライバーはビル・クライス(Bill Krause)、シャシはCSX2002、カーナンバー98、戦績はリタイア。コブラが最初に出場したレースで、最初のワークスレーシングコブラでもありました。
    CSX2002arrow

  • 1963年1月、リバーサイド・SCCA(Riverside Sports Car Club of America)に於いて、コブラ260は最初の優勝を獲得します。ドライバーは、デイブ・マクドナルド(Dave MacDonald)、シャシはCSX2026、カーナンバー198。2位は、ケン・マイルズ(Ken Miles)、シャシはCSX2008、カーナンバー98でした。

    諸元表 1963-1965 ACコブラ260

    車体
    全長(mm) 3,848
    全幅(mm) 1,549
    全高(mm) 1,245
    ホイールベース(mm) 2,286
    トレッド(mm) 1,308
    1,334
    車両重量(kg) 916
    エンジン
    エンジン種類 水冷V8気筒
    弁機構 OHV
    排気量 cc 4,260
    最高出力(hp/rpm) 260/5,800
    最大トルク(kgm/rpm) 40.0/4,500
    燃料供給装置形式 ウエーバー4バレルcab
    変速機形式 4速MT
    足回り
    ブレーキ ドラム
    ドラム
    懸架方式 ウイッシュボーン、リーフ
    ウイッシュボーン、リーフ
    ステアリング方式 ウォーム&ペグ
    タイヤサイズ 6.50-15
    6.70-15
  • 1963年、コブラ289コンペティションシェルビーは、フォードV型8気筒OHV、4,736cc(289ci)、4バレル・キャブレター、271hp/6,000rpmのエンジンをた搭載したコブラ289(Cobra 289)でFIAのGTホモロゲーション(Homologation)を取得し、ル・マンをはじめとしたGTレースに参戦を開始し、多くの優勝を獲得します。しかし、ル・マン24時間レースは、300km/hオーバーの時代でした。空力特性の悪さをハードトップを装着することで切り抜ける策が採られましたが、その最高速度は、空力的に優れたアストンマーチンやフェラーリに対して、実測で32km/h以上も劣っていました。これは、シェルビー・アメリカンに、新しいシェルビー・コブラを作るための大きな動機となります。CSX2129arrow

    コブラ289ハードトップ写真は、1963年のシェルビーACコブラ289ハードトップ仕様車です。ソフトトップ(幌)とハードトップがあり、共に脱着式です。コブラ289は、CSX2075〜2125までの51台、ステアリングがラック&ピニオンとなった、CSX2126〜2654まで529台、合計580台が生産されました。289ハードトップarrow

    諸元表 1962-1965 シェルビーACコブラ 289
    (CSX2126よりステアリングはラック&ピニオンとなります)

    車体
    全長(mm) 3,848
    全幅(mm) 1,549
    全高(mm) 1,245
    ホイールベース(mm) 2,286
    トレッド(mm) 1,308
    1,334
    車両重量(kg) 984
    エンジン
    エンジン種類 水冷V型8気筒
    弁機構 OHV
    排気量 cc 4,736
    最高出力(hp/rpm) 271/6,000
    最大トルク(kgm/rpm) 43.4/3,400
    燃料供給装置形式 ウエーバー4バレルcab
    変速機形式 ボルグワーナー4速MT
    足回り
    ブレーキ ドラム
    ドラム
    懸架方式 ウイッシュボーン、リーフ
    ウイッシュボーン、リーフ
    ステアリング方式 ウォーム&ペグ
    タイヤサイズ 7.75-15
    7.75-15
  • 1964年1月、デイトナ・コンチネンタル1963年の秋から開発に入った新しいコブラは、GMからシェルビー・アメリカンに移籍したザイナー、ピーター・ブロック(Peter Brock)によりデザインされ、シェルビー・コブラ・デイトナ・クーペとなります。当時のFIA/CSIルールでは、基本メカニズムを共用していればボディ形状の違うモデルであっても量産規定台数のカウントに含まれるとされていました。そのため、コブラの既存シャシーコンポーネンツをそのまま流用しデザインされました。プロトタイプのCSX2287は、カリフォルニア州ベニスビーチにあったディーン・ムーンのファクトリーで完成します。2台目以降は、イタリアのカロッツェリア(Carrozzeria)のグランスポルト(Gran Sport)で製作されます。シャッシはCSX2286 / CSX2299 / CSX2300 / CSX2601 / CSX2602 最高速度は307km/hと発表されています。

    (Picture from Ford Motor Co.)


  • 1964年2月、デイトナ2000kmレースにおいてデビュー。結果は途中リタイアでした。
  • 1964年3月、セブリング12時間レース、GTクラス優勝。ドライバーは、ボブ・ホルバート(Bob Holbert)、デイブ・マクドナルド(Dave MacDonald)、シャシはCSX2287。
  • 1964年6月、ル・マン24時間レース、GTクラス優勝。ドライバーはダン・ガーニー(Dan Gurney)とボブ・ボンデュラント(Bob Bondurant)、シャシはCSX2299。 CSX2287は途中リタイア。GTクラスの2位〜8位には3台のフェラーリ・250GTOと5台のポルシェ904GTSが続いた。
  • 1964年8月、グッドウッドTT、GTクラス優勝。ドライバーはダン・ガーニー(Dan Gurney)、シャシはCSX2299。
  • 1965年2月、デイトナ2000kmレース、GTクラス優勝。ドライバーはジョー・シュレッサー(Jo Schlesser)、ハロルド・ケック(Harold Keck)ボブ・ジョンソン(Bob Johnson)、シャッシCSX2299。
  • 1965年3月、セブリング12時間レース、GTクラス優勝。ドライバーはジョー・シュレッサー(Jo Schlesser)、ボブ・ボンデュラント(Bob Bondurant)、シャシはCSX2299。
  • 1965年6月、ル・マン24時間レース、GTクラス3位入賞(CSX2299)。 CSX2300以外の5台体制で出場しますが、4台がエンジントラブルでリタイア。GTクラス優勝はフェラーリ・275GTB、2位にはポルシェ・904GTS。
  • 1965年7月、フランスGP、GTクラス優勝(CSX2601)。
  • 1965年8月、ドイツGP、GTクラス優勝(CSX2601)。
  • 1965年9月、イタリアGP、GTクラス優勝。
  • 1965年、FIA GTクラスの年間チャンピオンとなります。

    諸元表 1963シェルビーコブラデイトナ・クーペ

    車体
    全長(mm) 4,610
    全幅(mm) 1,753
    全高(mm) 1,422
    ホイールベース(mm) 2,286
    トレッド(mm) 1,354
    1,341
    車両重量(kg) 1,043
    エンジン
    エンジン種類 水冷V型8気筒
    弁機構 OHV
    排気量 cc 4,728
    最高出力(hp/rpm) 385/6,750
    最大トルク(kgm/rpm) 47.0/4,000
    燃料供給装置形式 ウエーバー4バレルcab
    変速機形式 ボルグワーナー4速MT
    ドライブ・トレイン
    ブレーキ ベンチレーテッドディスク
    ベンチレーテッドディスク
    懸架方式 ローワーウイッシュボーン
    ローワーウイッシュボーン
    ステアリング方式 ラック&ピニオン
    タイヤサイズ 7.75-15
    7.75-15
  • 1965年、ホモロゲーション取得のための新型車、コブラ427がフォードとの協力で開発が進められました。鋼管フレームの大径化や足回りがダブルウィッシュボーンに変更され、ホイールはワイヤースポークからマグネシウム・キャストに変わり、トレッドが拡大され、フェンダーが大きく膨らんだスタイルとなりました。エンジンは半球体燃焼室を採用したフォード427FEエンジンで排気量は6,997cc(427ic)、最高出力は425hpでスタンダードモデルでは、0-400mは12.2秒、トップスピードが262km、コンペティションモデルの485hpエンジンではトップスピードが290kmに達しました。試作車はCSX3001。しかし、GT部門では、年間100台以上生産される必要があったため、生産台数52台の427はレースのホモロゲーションを取れませんでした。
    一般道で使用するニーズに答え多くの427は、スモールボア、ロングストロークの低価格エンジン、フォードFE428、7013cc(428ci)、360hpのエンジンが搭載されました。コンペティションモデルも含めると1965年〜1966年にかけてアメリカのシェルビーの下に317台の427が輸出され、市民レースでは70年代初頭まで圧倒的な強さを誇りました。残った31台のコンペティションモデルはスペックを下げ一般道向きにカスタマイズされ、セミ・コンペティション(S/C)と呼ばれ販売されました。
    諸元表 1965年 コブラ 427
    車体
    全長(mm) 3,960
    全幅(mm) 1,720
    全高(mm) 1,240
    ホイールベース(mm) 2,286
    トレッド(mm) 1,422
    1,422
    車両重量(kg) 975
    エンジン
    エンジン種類 水冷V型8気筒
    弁機構 OHV
    排気量 cc 6,997
    最高出力(hp/rpm) 550/6,700
    最大トルク(kgm/rpm) 65.8/3,700
    燃料供給装置形式 ホーリー780cab
    変速機形式 4速MT
    足回り
    ブレーキ ベンチレーテッドディスク
    ベンチレーテッドディスク
    懸架方式 ダブルウイッシュボーン
    ダブルウイッシュボーン
    ステアリング方式 ラック&ピニオン
    タイヤサイズ 8.15-15
    8.15-15
  • 1967年10月、シェルビー・アメリカンはファクトリーがあった格納庫の契約切れと共に、348台目の427を工場から送り出して生産中止となります。

  • 最初のコブラは、1962年2月フォード・フェアレーン用の260ユニット(4261cc)を使用したACコブラ260、CSX0001。
  • ACエースのシャシーを強化した260モデルは、CSX2000〜2074の75台。289モデルは、CSX2075〜2125迄の51台で、Mk-1と呼ばれます。
  • ステアリングがラック&ピニオンとなった、CSX2126〜2654まで529台を、Mk-2と呼ばれます。289は合計で580台。(CSX2196は427の試作車)
  • ACコブラ427(6997cc)は、CSX3001〜3016の16台がフルコンペティションモデル(F/C)、CSX3017〜3053まで36台が60年代当時製作されたセミコンペティションモデル(S/C)、その後CSX3056〜3063まで計8台が80年代に再生産されます。CSX3001〜CSX3348まで348台が生産され、Mk-3と呼ばれます。
  • コブラは、トータルで1003台が生産され終了します。

その後
AC自動車は、フォード289エンジンを積んだコイルスプリング式ACロードスターのAC289の生産を続け1969年末までヨーロッパ市場に売りに出していました。この車は後の1982年に427をベースとしたフォード製5LV8エンジンにボルグワーナー(Borg Warner) T5トランスミッションを積んでオートクラフト(Autokraft) MkIVとして再発売されます。しかし、同車の販売が落ち込むと共に生産数も減り1970年代後半に、AC自動車は倒産します。
コブラという名前は、オートクラフト社に譲渡され、AC289の後継車としてMKWの生産を行いますが、シェルビーはAC自動車とオートクラフト社をロサンゼルス地方裁判所に提訴します。この裁判の結果AC自動車とオートクラフト社側は、シェルビーが1960年代アメリカにおいてのコブラ製造の実績があり、「コブラという名前を使用可能なのはシェルビーが作る自動車のみ」という内容に承諾します。シェルビー自動車は2010年現在もシェルビー・コブラとしてFIA289や427S/Cなどをラスベガス工場で生産しています。

ciはキュービックインチのことです。1ciは16.387ccです

hpは、メートル法に基づく仏馬力のことでhorse powerの略です。1kw=1.360ps。

psはヤード・ポンド法に基づく英馬力のことで、pferdestarkeの略です。1kw=1.341hp。1ph=0.9863hp。pferdeとはドイツ語で馬という意味で、日本ではps、アメリカではhp。


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