4代 セルヒオ・オスメニャ(Sergio Osmena) 就任期間:1944年〜1946年 出身:セブ州

4代 セルヒオ・オスメニャ(Sergio Osmena)セルヒオ・オスメニャ(Sergio Osmena)は、フィリピンの第4代大統領。米領フィリピン自治領第2代大統領。 1878年にセブ州で生まれ、サンファン・デ・レトランに学び、後にサント・トーマス大学で法学を専攻します。1903年に最高裁が司法試験の受験を認め、2番の成績で合格します。 1900年、自らが創設したセブの日刊紙「エル・ヌエボ・ディア」新時代、で平和的手段を通じた独立運動を推進します。1904年、セブ州知事に就任。1906年、独立を綱領とする政党禁止令解除後の民族主義政党の合従連衡により結成された国民党の初代党首となります。1907年の第1回総選挙で国民議会議員に当選。1916年の2院制議会では下院議長に就任。1923年には上院議員に選出されました。 1933年、独立使節団として尽力したアメリカ議会のヘア・ホーズ・カッティング法(10年後の独立承認)はケソンの反対によりフィリピン議会で批准されず、タイディングス・マクダフィー法を持ち帰ったケソンが1935年のコモンウェルス成立時の大統領となり、その下で副大統領となります。1944年8月にアメリカでケソンが病没した事により亡命政府の大統領に昇格します。1944年10月23日、ダグラス・マッカーサーとともにレイテ島のレイテ湾に帰還してタクロバンでコモンウェルス政府の復活を宣言します。1945年2月27日、マニラに帰還。戦後初の大統領選でロハスに敗れ、政界を引退します。 1961年10月19日、83歳で死亡。

(Photograph from Wikipedia)

セルヒオ・オスメニャ サイン


戻る