シンガー M1911A1(Singer Manufacturing Company M1911A1)

シンガー工業 M1911A1 (Singer Manufacturing Company M1911A1)

1926年(昭和元年)、M1911は、フレーム・メインスプリングハウジング・グリップセイフティー・トリガ・マガジン及びハンドストック(フェノール樹脂の成形品)等に一部改良を加えたM1911A1に切り替わり、1927年(昭和2年)から改良型のM1911A1に生産が移行しました。グリップセーフティの改良は、親指と人差し指の付け根の部分がハンマーとグリップセイフティーの間に挟まり怪我をした為と言われています。第2次世界大戦中は、コルト社以外で、スプリングフィールド造兵廠、レミントンランド社、シンガー工業、イサカ銃器会社、ユニオン・スイッチ&シグナル社などでも生産されました。この銃は、第2次世界大戦中に製造されたシンガー工業製で、500丁生産された銃です。
シンガー工業は、1851年にエドワード・クラークとアイザックメリットシンガーによりI.M.シンガー&Co.として設立されたミシンのメーカーです。 第二次世界大戦の間は、兵器製造のためにミシンの生産を中断させ「ノールデン爆撃照準器」、「M1ガーランドライフル銃」および「M1911ピストル」を製造します。 1939年に、銃砲作り経験のない会社がどれくらい簡単に政府を守る武器をゼロから武装させることができて、造ることができたかについて学ぶために米国軍需品委員会(US Ordnance Board)による教育的プログラムが始まり、1940年4月17日に、シンガーはシリアル番号S800001〜S800500のM1911A1、500丁を製造します。 結果、経営者側はシンガーの専門的技術は大砲と爆撃照準器を生産することが良いと決定し、ピストルツーリングと製造機械はレミントンランド社、いくつかはイサカ銃器社譲渡されました。


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