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良い設計(good design)

良い設計は模倣から

設計の多くは模倣からはじまります。経験の浅い設計者ほど知らず知らずのうちに模倣します。経験を積むと、意識的に独自性を出そうとします。次に、独自性よりも正しくあることがより重要だと気づきます。 気づかずに模倣することは、確実に悪い設計となります。 どこから自分のアイディアが来たのか知らない場合、模倣の模倣をしている可能性が高くなります。 模倣から始まり、良い設計者は単なる模倣では満足せず、次の段階では意識的に独自性を出そうとします。

良い設計は対称性を使う

対称性は簡潔さに到達する良い方法の一つだと思います。 自然は対称性をよく使っていて、それは良い指標となります。 対称性には2種類あります。それは、繰り返しと再帰で、再帰とは、エッフェル塔のように、塔の上に塔がある部分構造への繰り返しを、再帰的と言います。 安易な対称性、特に繰り返しの採用は、それが深く考える代わりに使われた場合は良い設計とはいえません。

良い設計は自然に似る

自然に似ているから良い、ということではなく、自然は問題を解くのに参考にする価値があると言うことです。設計の解が自然の解に似ていたら、それは良い設計と言えます。 自然を模倣することは悪いことではありません。 船は古くから動物の胸部のように、肋骨と背骨を備えていました。 ただし、より高い技術を待たねばならない場合があります。 それは、初期の飛行機の設計者が飛行機を鳥に似せようとしていたことで、十分に軽い素材や動力も無く、鳥のように飛ばせるだけの制御機構も無い時代には、そのような設計は間違いです。

良い設計はシンプル

数学においては、短い証明ほど良い回答であり、プログラミングにおいてはステップ数の少ないほど良いものと言えます。 設計者にとっては、少数のよく考えられて選ばれた要素や部品から組みたてられる物のことだと言えます。 単純さをわざわざ強調する必要はありません。 装飾をつけるのは大変な仕事で、何もしなければ単純になるだろうと思うかもしれません、小説家は普段話している言葉とかけ離れた言い回しを使いたがり、デザイナーは芸術的であろうとし、画家は表現主義者になりたがります。単純な設計ほど、物の実体が現れます。

良い設計は説明不要

よくある台所のレンジで4つの火口が四角に並んでいるとします、それぞれを調節するつまみがついていて、配置は火口と同じように四角に配置することが良い配置です。なぜなら一目瞭然でどのつまみが、どの火口に対応しているかがわかります。横一列につまみが並んでいる場合『火口の1番』は『つまみの1番』と言う具合に注釈が必要で、ユーザーは毎回どのつまみがどの火口に対応しているかを考えなければなりません。悪い設計の多くは、注釈の多さに比例すると思います。

良い設計は再設計

最初から満足できる設計はほとんどありません。よく『熟練者ほど初期の仕事は捨てるつもりでやる』と言われます。 仕事を捨てるのには自信が必要で、「ここまで出来たから、もっと出来るはず」と考えることができれば思考錯誤も簡単なことです。 経験の浅い人は、不具合の部分をやり直したがらない。苦労した設計は特にそれが強く、やり直す代わりに、そんなに悪くないじゃないか、多分この設計で良かったんだと、自分を納得させてしまいます。 間違うのは自然なことで、間違いを大失敗のように考えるのではなく、簡単に見付けて簡単に直せるようにしておくことも大切です。

良い設計は簡単に見える

偉大な設計者ほど設計を簡単に見せます。 工業では、いくつかの偉大な発見はあまりにも単純に見えて、「これなら自分でも思い付いた」と言いたくなることがあります。 レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画には、数本の線で簡単に描かれたものがあります。しかし、それらの線は完璧に正しい位置に描かれていて、わずかの誤りがすべてを駄目にしてしまいます。 多くの分野で、一見簡単そうなことは熟練によってもたらされます。熟練の効用とは、意識しなければできなかったことを無意識の中でできるようにすることで、意識をより難しい問題に使えるように解放することだと思います。

良い設計は永遠

数学では間違いが無い限り全ての証明は永遠ですが、『醜いものは最良の解にはなり得ない。きっとより良い解があるはずで、いずれ誰かがそれを発見するだろう。』とケリー・ジョンソンは言っています。 永遠の設計を目標にするのは最良の設計を見付ける良い方法で、誰かが自分よりうまい方法を見付けるだろうと思っているくらいなら、その方法を自分で見付けなくてはなりません。 偉大な設計ほど、後から来る人が改善する余地がほとんどないものとなります。 永遠の設計を目標にするのは、流行にはまるのを避ける良い方法でもあります。その定義からして流行は時間とともに変化する。ずっと未来にも良く見えるものを作れたとすれば、それはそのものの真価が受け入れられたわけで、『流行に乗ったから』とは言われません。

参考:G. H. Hardy:Taste for Makers



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